今日は立春。陽射しに春を感じるようになりました。
この数年は周りを見たり自然を感じるよりも、走り続けて来た感じがします。
瞬間瞬間で立ち止まって、『今』を味わう。
今朝、学んだこと『立ち止まった時に再生が起こる』。立ち止まって、自然を感じ、自分と向き合う。そこで気付きを得る。そうやって美しい状態に自分を整えて行く。
何事にも順番があって、最初は自分を整える。お金とか人間関係とか健康とか、色々欲しい欲しいと思ってしまうけど、欠乏感から発したもので、願いが叶っても、もっともっとの欠乏感が続くだけで、幸せにはなれない。 先に自分が幸せだと気付く。自分の発するものが変わってくる。そうすると後からお金とか人間関係とか健康が付いてくる。
今朝聞いた、インドのグルの教えでした。
目次
1. 今を味わう:時間の流れからの解放と「プレゼンス」の力
「今を味わう」という行為は、瞑想のプラクティスにおける最も基本的な教えであり、同時に最も深い悟りの状態でもあります。私たちは日常的に、時間の流れという名の幻想に囚われ、「過去の後悔」と「未来への不安」という二つの極を行き来することで、最も大切な「今、この瞬間(Present Moment)」を見失いがちです。走り書きにあるように、私たちはしばしば「走り続けて来た感じ」を抱きます。これは、身体は今ここに存在していても、意識は常に次の目標、次のタスク、次の心配事へと駆り立てられている状態です。
しかし、真の変容、真の平和、そして真の豊かさは、この「今」という一点にしか存在しません。インドのグルが説いたように、「立ち止まる時に再生が起こる」のは、立ち止まることによって、意識が未来への執着や過去への後悔から解放され、「プレゼンス(存在感・現前性)」という力強いエネルギーフィールドに戻るからです。
「今を味わう」とは、単に五感で周りの現象を感じること以上の意味を持ちます。それは、自分の内側で起こっていること——思考、感情、身体感覚——を、何の判断も加えず、完全に受け入れることです。瞑想中に呼吸に意識を集中させるプラクティスは、脳を「今」という瞬間にしっかりと錨(いかり)を下ろすための訓練です。呼吸が、過去と未来の間の、常に変化し続ける「今」という架け橋となります。
この「プレゼンス」の力は、私たちが人生を「欠乏感(足りない)」からではなく、「満たされている(既に有る)」という感覚から生きることを可能にします。過去の失敗や未来への不安といった欠乏感の思考は、時間という幻想の産物です。「今」という瞬間には、理論上、何の欠乏も存在しません。もしあなたが今、この記事を読んでいるなら、呼吸があり、意識があり、安全な空間があるという、基本的な豊かさが既に存在しているからです。
「今を味わう」ことは、私たちが自分の人生の「創造主」であることを思い出す行為でもあります。過去や未来に意識が奪われているとき、私たちは受動的な存在となり、古いパターンや自動的な反応に支配されます。しかし、「今」という瞬間に意識を集中するとき、私たちは「今、この瞬間に、どのように反応し、どのように在るか」という選択の自由を取り戻します。
この自由は、エネルギーを完全に変容させます。不安や欠乏感から発せられる低い波動のエネルギーは、さらなる欠乏を引き寄せます。しかし、今を味わい、既に有る豊かさに気づくことで、私たちから発せられるのは、感謝と平和という高い波動のエネルギーとなり、それに応じた調和と豊かさを人生に引き寄せるのです。立ち止まり、「今」という奇跡を味わうこと。それが、内なる平和への帰還であり、真の人生の再生の始まりなのです。

2. 立ち止まって自然を味わう:自己と宇宙の調和
走り書きにある「立ち止まって、自然を感じ、自分と向き合う」という教えは、私たち人間が、いかに自然界の普遍的なリズムから切り離されてしまったかを示唆しています。私たちは「社会の時間」という人工的なリズムに支配され、自然界が教えてくれる「再生と成長のサイクル」を見失いがちです。
立春という季節の変わり目に気づきを得たように、自然は常に私たちに、「絶え間ない変化と、その中にある不動の静寂」という二重の真実を教えてくれます。木々は葉を落とし、雪に覆われる「停止(立ち止まる)」の期間を経て、再び力強く芽吹く「再生」の時期を迎えます。この自然のサイクルに意識を合わせることは、私たちが「立ち止まることの価値」を内側から理解するための最良の手段です。
私たちが意図的に立ち止まり、自然の中に身を置くとき、私たちの意識は、競争や比較、目標達成といった社会的な思考のループから解放されます。
- 五感の解放: 鳥のさえずり、風の音、土の匂い、木々の緑といった自然の刺激は、私たちの五感を研ぎ澄ませ、意識を「今」に引き戻す強力なアンカー(錨)となります。これは、思考のノイズを打ち消し、心を静寂へと導く、一種の自然瞑想です。
- エネルギーの調和: 自然界は、高い生命エネルギー(プラーナや気)に満ちています。大地に触れ、木々のそばに立つことで、私たちは自らのエネルギーフィールドを浄化し、自然の調和した波動と共鳴させることができます。疲労やストレスは、この自然な調和からの分離によって生じます。
- 自己との向き合い: 立ち止まり、静寂の中で自然を感じるとき、外側の刺激が最小限になるため、私たちは自分の内なる声、つまり普段は見過ごしている感情や思考、直感に耳を傾けることができます。自然は、私たちの内省を邪魔しない、完璧な鏡となってくれます。
この「立ち止まって自然を味わう」行為は、「私は自然の一部である」という深い繋がりを再認識させます。この認識は、私たちを分離の感覚から解放し、自分自身を宇宙の無限の豊かさの一部として捉え直すことを可能にします。私たちが抱える多くの欠乏感や不安は、この宇宙との繋がり、つまり「ディバイン(神聖なもの)」との繋がりが失われたことによって生じています。
自然の中に身を置くことは、自己を整えるための最も簡単で、最も効果的な方法です。それは、高価なセミナーや複雑なテクニックを必要とせず、ただ静かに、開かれた心で、目の前の現象を受け入れること、つまり「受容」のプラクティスだからです。立ち止まり、自然の再生のサイクルを受け入れることで、私たち自身の内なる再生のサイクルが、力強く起動し始めるのです。

3. 自分を整える:変革の初期設定と優先順位
インドのグルが説いた教えの核心は、「何事にも順番があって、最初は自分を整える」という部分にあります。私たちはしばしば、お金、人間関係、健康といった外部の成果を優先し、その達成のために自分自身を酷使しがちです。しかし、この「外側の成果」を追求する動機が欠乏感に基づいている限り、たとえ一時的にそれらを手に入れたとしても、心の充足感は得られず、「もっともっと」という渇望のサイクルから抜け出せません。
「自分を整える」とは、外部の世界に働きかける前に、まず自己の内なる状態を調和と平和に設定し直すことを意味します。これは、パソコンのOSを最新の、バグのない状態にアップデートするような、変革の「初期設定」です。
自分を整えるプロセスは、主に以下の三つの領域で行われます。
- 意識(思考)を整える: 瞑想を通じて、ネガティブな思考パターンや自己限定的な信念(「私は足りない」という欠乏感)を特定し、手放します。そして、意識の焦点を「既に持っているもの」(豊かさ)と「今この瞬間」(プレゼンス)に意図的に向け直します。
- 感情を整える: 湧き上がる感情を抑圧したり、流されたりするのではなく、観察者としてその感情を完全に受容します。特に、欠乏感や不安といった低い波動の感情を判断せずに受け入れることで、それらのエネルギーは解放され、心のスペースに平和が戻ります。
- 身体を整える: 身体を酷使するのではなく、休息、栄養、そして適切な運動によって敬意を払います。瞑想は、身体の微細な感覚に意識を向け、溜まったストレスや緊張を解放する最高の「メンテナンス」です。
この「自分を整える」というプロセスを最優先することで、私たちは根本的なパラダイムシフトを達成します。それは、「欠乏(不足)から行動する」状態から、「豊かさ(既に満たされている)から創造する」状態への転換です。
欠乏感から行動するとき、私たちは焦り、他者との比較にエネルギーを費やし、低い波動のエネルギーを放出します。その結果、引き寄せる成果もまた、その低い波動(例:ストレスの多いお金の稼ぎ方、緊張を伴う人間関係)を反映したものとなります。
一方で、自己が調和した「美しい状態」(セクション4)に整えられたとき、私たちから発せられるのは、愛、平和、自信、そして創造性といった高い波動のエネルギーです。この高い波動は、宇宙の豊かさの流れと共鳴し、努力や焦りを超えた、自然な形で、お金、人間関係、健康といった外部の成果を引き寄せ始めます。
これは、「願いが叶っても、もっともっとの欠乏感が続くだけ」という、満たされないサイクルから脱出するための唯一の方法です。「自分を整える」ことは、目的達成のための手段ではなく、人生そのものを喜びと平和で満たすための基盤なのです。

4. 美しい状態で生きる:内なる波動の変容と外側への影響
「美しい状態で生きる」とは、外見の美しさや社会的地位を指すのではなく、「内なる調和と平和が、そのまま外部に溢れ出ている状態」を意味します。これは、セクション3で整えられた意識、感情、身体が完璧に調和し、私たち自身の存在全体が、愛と創造性の高い波動を放っている状態です。
この「美しい状態」は、単なる個人的な心の安らぎに留まらず、私たちの周囲の世界、特に人間関係や仕事の状況に、極めて強力な影響を与えます。
波動の法則と共鳴: 物理学では、すべてのものが振動(波動)していることが知られています。私たち人間も例外ではありません。私たちが不安、欠乏感、怒りといった低い波動の状態にあるとき、私たちのエネルギーフィールドも低い周波数で振動し、その結果、似たような低い波動の状況や人を引き寄せます。
しかし、「自分を整える」ことによって、私たちが「美しい状態」——すなわち、感謝、喜び、平和といった高い波動の状態——にシフトするとき、私たちは宇宙の豊かさの流れと共鳴し始めます。この高い波動は、周囲の人々や環境にも伝播し、以下のような肯定的な変化をもたらします。
- 人間関係の変容: あなたが美しい状態にあるとき、あなたは他者に対して、判断や期待ではなく、無条件の愛と受容のエネルギーを放射します。これにより、相手も防御的な壁を下ろし、よりオープンで、より真実の自己を表現できるようになります。人間関係は、努力や交渉ではなく、純粋な共鳴によって深まります。
- 仕事と創造性の向上: 内なる平和と調和は、思考の明晰さを高め、直感と創造性を解放します。欠乏感や焦りから来る行動ではなく、喜びと情熱から行動するようになり、その結果、仕事の質が向上し、自然と成果が付いてくるようになります。
- 健康の回復と維持: ストレスホルモンが減少し、免疫システムが強化されます。内なる調和は、身体の自己治癒力を最大限に引き出し、病気や不調から身体を守ります。
「そうやって美しい状態に自分を整えて行く」というグルーの教えは、この内なる波動の変容を指しています。このプロセスは、一度達成して終わりではありません。それは、毎瞬、意識的に立ち止まり、自分の波動をチェックし、再び最高の状態に微調整するという、継続的なプラクティスです。
私たちが「先に自分が幸せだと気付く」ことで、内側から溢れ出す光が、私たちの外側の世界を照らし、引き寄せの法則がポジティブに働き始めます。自分が発するものが変わることで、「後からお金とか人間関係とか健康が付いてくる」という現象は、この波動の法則の必然的な結果なのです。美しい状態で生きること、それは、真の豊かさの源泉となることです。

5. 欠乏感を手放す:満たされた自己からの創造
インドのグルの教えの核心にあるのは、「欠乏感から発したもので、願いが叶っても、もっともっとの欠乏感が続くだけで、幸せにはなれない」という、苦しみのメカニズムに対する鋭い洞察です。私たちが「足りない」という感覚を起点として行動する限り、得られたものは一時的な麻酔にしかならず、根本的な心の穴は埋まりません。だからこそ、「欠乏感を手放す」ことは、真の幸福への道のりにおける、最も決定的なステップとなります。
欠乏感とは、「私は不完全である」「世界は十分な豊かさを提供してくれない」という、根深い無意識の信念から生じる感情です。この信念は、私たちの内なる創造主としての力を否定し、私たちを常に「狩りをする状態」、つまり「何かを追い求める」状態に固定します。この状態で願いが叶ったとしても、それは単に「欠乏感というエネルギーで満たされた現実」を創造したに過ぎず、すぐに次の欠乏、次の「もっともっと」という渇望を生み出すのです。
欠乏感を手放すプラクティスは、過去のセクションで培ってきた全ての要素の統合でもあります。
- 立ち止まって認識する: まず、欠乏感や不安を感じた瞬間に「立ち止まる」ことです。その感情に飲み込まれる前に、「ああ、今、私の欠乏の信念が作動しているな」と、客観的な観察者として認識します。この認識によって、感情と自分自身との間に隙間が生まれ、自動的な反応から脱出できます。
- 欠乏の源泉を特定する: その欠乏感が、本当に今の現実に基づいているのか、それとも過去のトラウマ、あるいは社会的な比較から来ているのかを探ります。多くの場合、それは外部の現実ではなく、内側の自己限定的な思考に根ざしています。
- 「既に有る」に焦点を移す: 意識的に、焦点を「持っていないもの」から「既に持っているもの」(セクション2)へと切り替えます。今、呼吸していること、家があること、愛する人がいること、そして最も重要な、「生きているという生命力そのもの」に心からの感謝を捧げます。この感謝のエネルギーは、欠乏感の低い波動を一瞬で打ち消す、最も強力な抗体です。
- 満たされた自己からの創造: 欠乏感から行動するのではなく、「私は既に完全であり、満たされている」という状態(美しい状態、セクション4)から創造することを選択します。仕事をするのも、人間関係を築くのも、健康を維持するのも、「足りないから」ではなく、「この豊かさを表現したいから」という動機に切り替えます。この動機が、あなたの発する波動を変え、結果として「後からお金とか人間関係とか健康が付いてくる」という、グルーの教えの真理を実現します。
欠乏感を手放すことは、「無気力になること」や「目標を持たなくなること」を意味しません。むしろ、それは「執着のない意図」を持って目標を設定することを可能にします。目標は、欠乏感を満たすための道具ではなく、自己の豊かな創造性を表現するための遊び場となります。目標達成のプロセスそのものが、喜びと成長の源となり、結果への執着がなくなるため、もし目標が叶わなくても、私たちの心の平和は乱されることはありません。
この欠乏感からの解放こそが、「先に自分が幸せだと気付く」という教えの実現です。自己が幸せで満たされているとき、その内なる豊かさが溢れ出し、それが外側の世界を創造します。この再生のプロセスは、私たちが人生の苦しみのサイクルから永遠に抜け出し、真の自由へと帰還するための、最も確かな道筋なのです。

立ち止まり、再生し、内なる豊かさを世界に放つ
私たちは、しばしば社会的な期待や自己限定的な思考に駆られ、「走り続ける」ことを美徳とします。しかし、インドのグルーの教え、そして瞑想のプラクティスが教えてくれる真実は、「立ち止まる時にこそ、真の再生が起こる」ということです。この再生は、外側の成果を追い求める前に、まず内なる基盤を整えることから始まります。
この記事で探求した5つのステップは、私たちが苦しみのサイクルから抜け出し、既に持っている豊かさを認識するための、具体的な道筋を示しています。
- 今を味わう:時間の幻想から意識を解放し、「プレゼンス」という力強いエネルギーフィールドに錨を下ろす。
- 立ち止まって自然を味わう:自然界の再生のサイクルに意識を合わせ、自己と宇宙の調和を取り戻し、内省の鏡を磨く。
- 自分を整える:意識、感情、身体という内なる三つの領域を調和させ、「欠乏から行動する」状態から脱却する。
- 美しい状態で生きる:内なる調和の高い波動を世界に放ち、人間関係、仕事、健康といった外部の成果を自然と引き寄せる。
- 欠乏感を手放す:欠乏の信念を認識し、感謝と「満たされた自己」からの創造へと動機を切り替える。
何事にも順番があります。先に自分が幸せであることに気づき、自分の内側を愛と平和という「美しい状態」に整えること。そうすることで、私たちから発せられる波動が変わり、結果として、お金、人間関係、健康といった外部の豊かさが、努力や焦りなくして、「後から付いてくる」のです。
今日から、瞬間瞬間に立ち止まり、目の前の小さな奇跡、つまり「今」という永遠の豊かさを味わうプラクティスを始めましょう。あなたの内なる再生こそが、世界をより美しく、より調和の取れた場所へと変えるための、最も確かな一歩なのです。